五井先生ゆかりの地・市川を訪ねて~愛宕神社~

私が7年前に、当時千葉県の市川市にあった五井先生のお墓参りをした時の文章をコスモス会公式サイトで掲載しています。
その補足説明と関連する写真の紹介をこのブログで何回かにわたって少しさせて頂きます。

今回は、五井先生ゆかりの地・市川を訪ねて(前編)より、
愛宕神社の夫婦イチョウを訪ねた箇所を抜粋します。

昔の聖ヶ丘までの手書きの案内図を見ると、下矢切というバス停から道場に行くルートの途上で、大イチョウと記されています。講話集『私に荷物を預けなさい』で、五井先生はこのイチョウのことをお話しされています。
「古い木、大木を黙って伐るのはいけません。木には精がいます。聖ヶ丘道場へ来る途中に銀杏の大木(下矢切、愛宕神社前)が二本あるでしょう。夫婦銀杏ですね。そこにきれいなひげをはやした老翁がいるんです。私が行きますと、いつもちゃんと迎えに出て、案内してくれていたのです。ところがこの間うち、あの枝をみんな伐っちゃった。そしたら老翁が出て来ないんですよ。いなくなっちゃった。そこで、私祈っていたら出て来ましたがね。銀杏はまた(木の勢いを)回復すると思います。」
伐る場合は、イチョウさん、私の都合で伐らなければならなくなりました、どうか許して下さいと言って、平和の祈りをすれば、向こうもわかってくれるとのことです。
実際に観に行ってみました。愛宕神社の参道入口に、二十五メートルのイチョウが至近距離で並んで、勢いよく青々と生い茂っていました。樹齢は三百五十年と推定。畏敬の念を感じさせる実に立派なものです。「失礼致します」とイチョウの木に声をかけてから、写真を撮らせて頂きました。向こうの方が、年齢が上ですから、年上の方に礼を失することがあってはなりません。
離れた所にある社殿の方に最初立ち寄ったのですが、偶然、境内にも大きな二本の木があり、これが例のイチョウだと勘違いをしていました。これで今日の予定は終わったと思い、そのままバス停まで行こうとしたのですが、翁が「違う、こっちだよ」と案内して下さったのか、「あれ、ここにもあるじゃないか」と上手いこと気付くことができました。

風韻誌2016年7月号より
愛宕神社 社殿

古びて中々味わいのある社殿でした。
かつて聖ヶ丘道場に通う途中で、この小さな社に参拝し、世界平和の祈りを捧げた方が多くいらっしゃったことと思います。
祭神は火の神である軻遇突智命(かぐつちのみこと)。
京都の愛宕山山頂にある愛宕神社の総本社からご祭神を勧請したとのこと。

調べてみると、愛宕神社は修験道と結びつきが深く、役行者が京都の愛宕山に登った際、愛宕太郎坊という大天狗に会ったことから、天狗信仰もなされたようです。
愛宕山は修験道の聖地で、修験者が全国に愛宕信仰を広めたといいます。
愛宕修験では、かぐつちのみことの化身が愛宕太郎坊であるとの信仰があったようです。
修験道の開祖・役行者は、五井先生が神我一体になる前、霊修行中の先生を指導された守護神ですから、そうした点からも、五井先生と縁が深い社のように思えます。

参道入口の夫婦イチョウ

五井先生が講話集の中でお話されている参道入口の夫婦イチョウです。しめなわがはられ、ご神木として敬われていることがわかります。夫婦イチョウとして親しまれていますが、両方とも雄株だそうです。

社殿横のイチョウの木

社殿横にも、立派な二本のイチョウの木が聳えていましたので、最初、これが夫婦イチョウだと勘違いをして、この前で記念撮影をしていました。

鳥居近くのイチョウの木

鳥居のところにもイチョウがあります。イチョウによって、印象に随分違いがあるように思えました。

天狗といえば、「聖なる丘の暁(あかつき)の祈り」という五井先生の一連の和歌の中で、「木の闇に小天狗一人遊びいしが我に驚き姿かくせり」という面白いお歌があります。(詩集「いのり」収録)
現在も、聖ヶ丘跡地周辺に僅かに残された林の中を歩きながら、こうした木々の中を小天狗が遊んでいたのだなと、その微笑ましい情景を思い浮かべたりしました。
昭和30年代後半の白光誌に載っている手書きの地図を見ると、聖ヶ丘道場の周囲は、林、森、畑で、畑に面して神社(愛宕神社)大いちょうとあります。

現在の市川は市街地ですが、ところどころに残っている林や、こうした古い社や巨樹などに、眼に見えない神霊や精霊などの気配を感じるようで、厳かでいて、楽しい気持になりました。